当事務所において、医療過誤訴訟の勝訴判決を得た事例がありますので、以下においてご紹介いたします。
基本情報
- 【患者】 服用開始時42歳、発症時49歳の女性(X1)
- 【医療機関】 公立病院です(Y1:病院、Y2:主治医、A:最終処方時の医師)
- 【原因薬剤】 経口避妊薬「アンジュ28錠」(OC)
- 第1審:函館地方裁判所 平成29年(ワ)第175号 令和6年5月8日判決
- 控訴審:札幌高等裁判所 令和6年(ネ)第198号 令和8年3月17日判決
1 事案の概要
本件は、子宮腺筋症等の治療のため、約7年にわたって、医師が添付文書上要求される検査をせずに、経口避妊薬(アンジュ28錠、以下「OC」)を処方し、服用し続けた患者が脳静脈洞血栓症を発症して右半身麻痺(右上下肢機能全廃)や失語症を患った薬害事案です 。 本件については、判例タイムズ1535号228頁にも記載されていますので、詳細はそちらをご確認ください 。
なお、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に対して副作用救済給付請求はしましたが、血圧測定等の検査が一度もされておらず、「検査の必要性を認識していなかった」と主治医がPMDAに対して回答したため、適正な処方ではなかったことを理由に給付は認められませんでした 。
2 本件の特殊性
本件は、単にOCによって血栓症が発症し、損害賠償請求が認められた事案ではありません 。以下に、その特殊性を記載します 。
- 主治医Y2が不在の場合は、Y1の別の医師が処方しており、最終処方は医師Aが行いました 。
- OCを投与した全ての医師が添付文書上要求される検査(血圧測定等)を一度も行っていませんでした 。
- 当初は禁忌(高血圧・肥満)であったものの、最終処方時には血圧測定等をしておらず、禁忌か否かが分かりません 。
- 発症前4年間の定期健康診断の結果は、明らかな高血圧ではありませんでした 。
- 服用期間は約7年間であるため、血栓症発症までの期間が長く、裏を返せば、長期間服用し続けても血栓症を発症しませんでした 。
3 時系列について
| 年月日 | 出来事 |
| 平成18年12月 | 初診(高血圧、肥満のため禁忌、年齢42歳) |
| 平成19年3月 | Y2により、OCの処方が開始される |
| 平成25年11月 | AによるOCの最後の処方(計34回目) |
| 平成26年1月 | 脳静脈洞血栓症発症(年齢49歳) |
| 平成29年10月6日 | 訴え提起(函館地裁) |
| 令和6年5月8日 | 第1審判決、認容額元金:約1億9444万円 |
| 令和8年3月17日 | 控訴審判決(確定)、認容額元金:約1億2524万円、遅延損害金:約7500万円(年5%12年分) |
4 本件の請求
第1審では、不法行為構成(Y1の使用者責任、Y2を含む共同不法行為)をとり、判決直前に、予備的に債務不履行構成を追加しました 。
第1審判決が、後述の最終処方時説を採用し、Y2の不法行為を否定したことで使用者責任も否定し、Y1の債務不履行責任のみを認めたことから、控訴審では、Y1の使用者責任の前提となる不法行為者にAを追加しました 。
5 主要な争点
①OCが血栓症発症の原因となったか否か(事実的因果関係)
②どの処方行為によって血栓症が発症したか
③処方行為を行った医師の過失の有無
6 争点①(事実的因果関係)
争点①(事実的因果関係)について、裁判所は、OCを服用し続けると血液凝固亢進作用が蓄積することや、血栓症の発症はX1の素因(生活習慣等)が顕在化したものとは認められないことに加え、OCの影響を示唆する報告等を考慮して、X1の血栓症発症はOCの服用が原因であると認定しました 。
7 争点②(誰のどの処方行為によって血栓症が発症したか)
争点①において、血液凝固亢進作用が蓄積すると認定した以上、Y2を含む全ての医師による処方行為とX1の血栓症発症との間に因果関係があるはずです 。
しかし、本件については、約7年の間、Y2以外に複数の医師が関与しており、どの時点の処方によって血栓症が発症したのかは、立証が困難でした 。
そうすると、事実的因果関係を検討する際の定式である「あれなければこれなし」に当てはめた場合、「n回目の処方行為がなければ、血栓症を発症しなかった」といえるか否かにつき、合理的な疑いが残る可能性がありました 。
裁判所は、血栓症を現に発症している以上、最後にAから処方されたOCが原因となっていることが強く推認されるから、謙抑的に、最後のAの処方行為と血栓症発症との間に事実的因果関係があるとの認定をしました 。
8 争点③ (医師の過失)
Xらは、争点③(医師の過失)について、
(ア)X1にそもそもOCを処方してはならなかった、
(イ)添付文書上要求されている検査等(特に血圧測定)を行わずに漫然とOCを処方した、
(ウ)OCの副作用についての説明義務違反等 を主張していました 。
裁判所は、添付文書についての最高裁判例(最判平成8年1月23日)に従い、添付文書が要求している6か月毎の検査を行わなかったとして過失を推定し、初回の投与から6年以上、血栓症の発症がなかったとしても、そのことは推定を覆す事情には当たらないとして、Aの過失を認めました 。
本件の最大の弱点は、X1は職場で行っていた定期健康診断に参加しており、定期健康診断の数値からすると、最後の処方が行われた時点においては、X1の体重や血圧は正常値までに回復していた可能性が高かったことでした 。
当然ながら、Yらは、最後の処方が行われた時点でのX1の血圧等が正常値であることを強調していました(自身で測定していないにもかかわらず、です) 。
Yらが検査(血圧測定等)をしていないにもかかわらず、Xらによる禁忌(高血圧等)であることの立証が足りないと認定することは、判例上否定されることは当然ですが、物の道理としてあり得ません 。
検査をしないことにインセンティブがあってはならないという思いは、裁判所も同じであったと信じたいです 。
他方、そもそも、この点を争われたこと自体に、怒りを禁じえませんでした 。
発症直後は高血圧であったこと、Y1の産婦人科において血圧測定をしていなかったこと、添付文書に血圧測定を含む検査等を義務付けていたこと、平成8年最判の存在などを踏まえると、最後は裁判官の倫理観やバランス感覚によって得られた勝訴でした 。
なお、筆者(浦巽)としては、検査をせず、リスク評価もせずにOCを処方していることから、(ア)の過失が認められるべき事案であったと考えています 。
9 伝えたいこと
長い、長い訴訟でした 。
裁判官は10人以上が入れ替わり、解決まで血栓症発症から約12年、提訴から約8年半もの時間を要しました 。
訴訟が遅延した理由は、率直に言えば、被告らが争点を全方位に拡散したからです 。
第1審の終盤に差し掛かった頃、裁判所が鑑定を検討し始めました 。
その前提として争点整理案を作成することになり、この時点で、争点の整理ができていないことが判明し、当事者間で合意を形成しながら争点を固めていきました(最終的には鑑定に至りませんでした) 。
悔やむべきは、もっと早い段階で、原告が主体となって争点の整理を積極的に行うべきであったことです 。
争点の拡散、バラマキ、煙幕を抑え込む必要がありました 。
PMDAの救済が得られませんでしたから、背水の陣でした 。
ただ、勝つべき事案、勝たなくてはいけない事案でしたので、最終的には裁判所が味方になってくれるだろうとも感じていました 。
薬害事件に特有の、疫学的な概念の理解にも苦労しました 。
オッズ比、症例対照研究、コホート研究といった概念は、エビデンスとなる医学論文等に登場し、意見書において当然のごとく取り上げられます 。
疫学の理解に、日本疫学会監修「はじめて学ぶやさしい疫学(改訂第3版)」(2018年、南江堂)が大変参考になりましたので、この場を借りて紹介したいと思います 。
また、本件と同様に、OCの服用が原因で血栓症を発症したとして損害賠償を求めた事例としては、仙台地判平29年7月13日裁判所ウェブサイト(一部認容)や、東京地判平30年5月24日判例秘書L07331908(請求棄却)があります 。